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dicembre 2004

26 dicembre 2004

フィアットプント

fiat04 2度目の車検が終わった。国産車の時は知り合いの町工場にお願いしていたが、外車は専門のところが良かろうと購入したディーラーにお願いしている。
 ずっとトヨタ車に乗っていた私が、フィアットプントに乗り変えたのは、イタリアで初めて借りた車がプントだったからだ。たまたま入ったレンタカー会社で借りた車がフィアットプント、1200ccのオートマ車だった。大変乗り心地が良く、その後も希望したが、イタ車を置いているレンタカー会社は少なく、その後はドイツ車のオペルしか当たらない。
 5年前、神戸でフィアットを扱っているディーラーを見つけた。トヨタのプリウスで迷ったが、プリウスにはミッション車がなかったのでプントにした。確かに乗り心地はトヨタが良い。きっと、日本人に合うように出来ているんだろう。でも、プントは乗っていて楽しい。すぐに故障するし、何度、レッカーを呼んだか解らない。ガソリンはハイオク、何かを取り付けるにしても、技術料は外車料金になる。それでもプントは可愛い車だ。今時、ドリンクホルダーも付いていなければ、ドアミラーも手動。しかし、お国柄か、盗難予防だけは万全である。
 フィアットプントは運転するのが楽しい車だ。今度買う時はやっぱりトヨタが良いと思うこともあるが、ディーラーに展示してある真っ赤なアルファロメオを見ると、次はアルファロメオが良いなとも思ったりする。アルファロメオのマークはヴィスコンティ家のマークだ。こんなとこにもイタリアを感じてしまうのである。

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24 dicembre 2004

イタリア行き

arezzo98 今年の春頃、何故か急にピエロ・デラ・フランチェスカの絵が見たくなった。父や知人がイタリアへ旅行に行く度に、無性にピエロ・デラ・フランチェスカの絵が気になり始めた。元々、モンテルキにある「出産の聖母」を見たいという思いは持っていた。それが再燃し始めたとでも言おうか。
 1月に沖縄にでも行こうかと連休を取っていたのだが、うまく連休が繋がり8連休になった。イタリアに行くにはきつい日数だが、行けないこともない。こうなったら、ピエロ・デラ・フランチェスカの絵を見るだけでも良いからイタリアへ行きたくなった。まずは航空券を調べる。アリタリアとJALの正規割引で7万8千円。HISで尋ねたところ、フィンランドエアが6万8千円で出していることが解り、即、購入。乗り継ぎも悪くない。フィンエアは11年前に初めてイタリアに行った時の航空会社だ。勿論、ツアーだったし、関空がまだなくて成田発着だったけれど。両親と3人での家族旅行だった。その時について下さった添乗員さんのお陰で、イタリアが大好きになり、今に至っている。母は亡くなったが、父は未だにその添乗員さんのツアーで旅行に行っている。70歳を過ぎた高齢者がひとりでツアーに参加出来るのも、この添乗員さんが面倒を見て下さるからである。あの時はフィンランドはサンタクロースの国らしく、ヘルシンキ・バンター空港にはサンタクロースがたくさんいた。思い出のフィンエア。今度は関空からだが楽しみである。大体、アリタリアを使うので、本当に久し振り。
 次はホテル。大体の計画を立て、インターネットで調べて申し込む。返事が来たり来なかったり。FAXも駆使して、何とか平均1万円弱のホテルで落ち着いた。丁度、カーニバルをやっているヴェネツィアにも寄ろうと思い、ホテルを探したが、この時期特別期となり、ほぼ、通常の倍額以上。それでもリドやメストレは嫌だ。何とかサンマルコ近くの3ツ星で1万チョイのホテルを見つけた。
 さて、国内線を使うと料金が跳ね上がるので、国内は列車を使う。まあ、今回は中部くらいまでなので、南に行く程、空路にメリットはない。しかし、ミラノ着が19時、帰りもミラノ発が11時の為、1泊目と帰国前夜にミラノに泊まらなければならないのが痛い。
 到着日はミラノチェントラーレの駅近くのホテルに一泊し、翌日少し早めに出て、フィレンツェ乗り換えで昼前後にアレッツォへ。アレッツォで昼食を摂って市内観光。もう一度、サンフランチェスコ教会の「聖十字架伝説」(ピエロ・デラ・フランチェスカ)を見たい。時間があれば、ゆっくりいろんなところを再訪したい。ホテルは駅近くに取ってある。
 3日目はモンテルキの「出産の聖母」を見て、ピエロ・デラ・フランチェスカの出身地と言われるサンセポルクロまで行く。市立美術館にあるピエロ・デラ・フランチェスカの絵を見に行きたい。本当はサンセポルクロくらいで一泊したかったが、大きな荷物を持っての移動が大変だったので、アレッツォに一泊し、荷物を残してサンセポルクロまで往復し、帰りに荷物をピックアップして、フィレンツェまで戻ることにしたのだ。個人旅行は荷物は大きな問題なのだ。
 4日目は1日フィレンツェで自由。近郊都市へ行くか、久し振りのフィレンツェでゆっくりするかは気分次第だ。この日もフィレンツェ泊。
 5日目、多分午前中に出発して、昼過ぎにヴェネツィアに到着したいと思っている。ヴェネツィアも久し振り。添乗員さんのお話によると、夕刻より扮装した人達が現れるとのことなので、この日はサンマルコ辺りでのんびり。
 6日目、ミラノは翌日出発の為に入るだけなので、夕方までヴェネツィアにいるつもり。
 たった、8日なので、現地では正味5日。本当に忙しい日程だ。この日程で、主要4都市を回るツアーは信じられない。まあ、それでも最近南ばかりに行っていたので、久し振りに中北部イタリアへ行けることがとても楽しみである。初めて訪ねた時の感動はないが、第2の故郷であるイタリアには里帰りする様な懐かしさがある。

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20 dicembre 2004

精神保健福祉士

mondai04 精神保健福祉士国家試験の受験票が届いた。いよいよあと1ヶ月だというのに、勉強が進まない。社会福祉士の時ほどの必死さが自分にないのだ。私は一般大学を出ているので、福祉の専門的な勉強はしていない。まだ、国家資格化されていなかった頃、福祉の資格と言えば、社会福祉主事だけであった。その頃働いていた職場では、この資格を職員に取る様に薦めており、向こう3年間職場を辞めなければ、受講料は全額出してくれた。試験はないのでレポートとスクーリングだけであったので、1年後には資格が取れた。
 その身体障害者療護施設を辞めて知的障害者施設に変わった年、介護福祉士を受験した。私は元々知的障害者施設で働きたいと思っていたので、今後、介護福祉士が必要になることはないかも知れないと思ったが、折角、介護職で5年間勤めて来て受験資格はあるのだから、卒業検定のつもりで受験してみることにした。問題集を1冊買い、家ですることはなかったが仕事の合間に勉強した。何が何でも合格せねばという気もなかったからだ。筆記は経験があれば何となく解る問題、そして、実技は前年度に比べて、何処を問いたいか解る問題であり、無事、一発合格した。
 4年前に介護支援専門員の資格試験を受けた。介護支援専門員は国家資格ではないので国家試験ではない。障害者部門にもケアマネージメントのシステムが入って来そうだと言われ始めていたが、障害者部門の試験はないのでで、高齢者の介護支援専門員の試験を受けた。流石にこの試験は合格したいと強く思っていたので、かなり勉強した。試験前1ヶ月くらいは休みの日には朝から晩まで勉強した。試験科目が少ないこともあり、ひたすら問題集をやり続けていたら何となく毎年同じ様な傾向であることが解り、ほぼ満点に近い点数で合格した。
 そして、メインはやはり社会福祉士であった。その昔は賢い人が受験していて、私なんぞには高嶺の花、養成校に入ることすら難しいと思い、ハナから諦めていた資格である。しかし、この世界に勤めるからには憧れの資格である。これから、大学を出て来る若者は、社会福祉士を持つ者が増えて来るだろう。経験だけは長いのに、資格がないことでバカにされたくない。その為にも資格はとっておきたい。そう思って養成校受けること3回。全社協か知的障害者福祉協会(旧愛護)にこだわったこともあり、毎年、養成校にすら落ち続ける。社会福祉士は遠い手の届かない資格だった。4回目に受けた頃には、養成校が乱立し始めていたお陰で、無事、希望の両校に合格した。知的障害者施設で働いているので、愛護に決めた。他にもスクーリングが東京と横浜の街中であると言うのも理由のひとつだったが…。やっと第1関門突破。これで、私は大喜び、念願の養成校で勉強出来ることが嬉しくて仕方なかった。受験資格だけ持っている人はいつでも国家試験を受けられる。私は受験資格を取る為にあと2年かかると思うと、気が遠くなりそうだった。やっと受験資格を取得したが1度目の国家試験は失敗。2度目はひたすら問題集をやり続け、かなりの高得点で合格した。社会福祉士の合格は、私にとって積年の夢であり、感慨深いものがあった。
 資格マニアとでもいううのだろうか、必死で勉強をして来た為、試験が終わると気が抜けてしまうのだ。次に何か勉強したいと思う。それで、始めたのが精神保健福祉なのである。これに合格すれば、3福祉士+介護支援専門員を制覇することになる。だから、頑張りたいのだが、何か、やはり社会福祉士の時の様な必要性がない為、何かモチベーションが上がらない。専門科目のみの受験者で落ちる人はまずいないとか言われ、かなりプレッシャーに感じている。
 あと、1ヶ月。せめて問題集をあと2回は繰り返したいと思っているのだが…。

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14 dicembre 2004

カレンダー

calendar05 今年も12月となり来年のカレンダーを集めて回る季節となった。一昔前は黙っていてもどんどんカレンダーが集まって来ていたものだが、不況の煽りか、最近は殆どカレンダーが来ない。来てもメチャしょぼいカレンダーばかり。銀行も1日何本と決めている様で、なくなり次第その日はおしまい。おまけに「お一人様1本限り」なんてせこいことを書いてある。銀行も不況の様だ。
 さて、カレンダーと言えば、毎年、決められたところに決められたカレンダーがないと、どこか落ち着かないのは私だけだろうか?大きな企業は毎年同じデザインで作成されるものだ。子どもの頃はいろんな企業から奇麗なカレンダーが送られて来ていた。その中でも覚えているのは玄関に貼られていた2ヶ月物の京都書房のカレンダー、日本の庭園をテーマとしていて心落ち着くカレンダーであった。食堂には太陽神戸銀行(限三井住友)の1枚物、毎年、東山魁偉の絵画を用いていた。ある年、貰いそびれて、近所の銀行のカレンダーを貼ったが、1年中、落ち着かなかった。
 今は絶対必要なのは、三井住友銀行の1枚物と、ヤクルトスワローズの1ヶ月物である。ヤクルトスワローズの方は、毎年、ファンクラブ継続時に同時に申し込み、12月中旬以降に送って来る。送料込みで1500円だが、ヤクルトファンの証なので欠かせない。そして、三井住友銀行の物は子どもの頃からなければならないものなので、絶対必要だ。東山魁偉の絵画だった太陽神戸銀行から、その名の通り桜の絵を使っていたさくら銀行となり、今は西洋の画家を使う様になっている。昨年はルノアール、今年はシスレーである。11月末に行ったら、まだ出ていなかったのであるが、もたもたしていると今度はなくなってしまうので、今日貰って来た。お一人様1本限りである。これで、安心して年を越せる。
 今年もあと2週間、真新しいカレンダーを貼ると、2005年はやって来る。

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