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13 aprile 2005

中国の思い出

kaseiti 中国はとても好きな国だった。20年くらい前、中国に結構はまっていた。中国には日本の昔が感じられ、懐かしさを覚えていた。マイツアーを組んで何度か中国へ行った。
 最初の旅行は上海−杭州−蘇州−上海。杭州から蘇州へ向かう路線は、1週間前に修学旅行中の高知の高校が乗った列車が衝突事故を起こした路線である。中国はスルーのガイドとその土地土地のガイドを付けなければ観光が出来ないことになっている。この時のスルーのガイドは2人いたが、ひとりは上海大学の学生で日本語がとても上手で、顔もとてもハンサムな青年であった。当時、中国で一番流行っていた歌を教えてくれて、列車の中でみんなで大合唱した。杭州の西湖の美しさ、蘇州の寒山寺の鐘、上海駅の人の多さ、玉仏寺など、とても新鮮だった。上海の街の暗さも1950年代の日本が感じられ懐かしかった。
 2度目は1週間で、上海−西安−洛陽(黄河)−北京−上海と廻った。天安門事件のかかりの頃で、上海にはやや危険な雰囲気もあった。それでも、西安の街並み、大雁塔に小雁塔、シルクロードへと続く道、焼売専門レストランでの食事、華清池のホテルはかなりボロかったけど、夜や早朝の人の少ない華清池の美しさは忘れられない。洛陽では竜門石窟を見た後、長時間かけて黄河を見に行った。土を掘っただけのトイレにびっくり。北京から上海までの飛行機に高島忠夫・寿花代夫妻が乗っていて、写真を撮って貰った。パスポートにサインを依頼しようとする人もいた。
keirin 3度目は香港−桂林−昆明−石林−広州−香港。夜中にホテルに着くハードスケジュール。でも、石林は解放都市になって間がなかった為か、すれていない少数民族に好感が持てた。
 中国にはいろんな思い出がある。母の中国語の先生だった中国人(私より1つ年上)とは今でもお付き合いがある。私は中国も中国人も好きである。今、中国で反日感情むき出しに起きている大暴動を見ると悲しくなる。あれを見せられたら日本の若者も決して愉快ではないだろう。中国に対して良い感情は持たないだろう。何故、隣国同士なのに、敵意を持つのだろう。昔、日本が中国に対して行った行為は、戦争だったからでは許されるものではない。日本人であってもそれは理解している。日本政府の言動に対して、日本人でさえ許せないと思っている部分もあるのだ。国民同士で敵対するのは私はとても悲しい。中国へはまた行きたいと思っているが、今の状態の中国へは行きたいくない。今でも中国語の先生とは親しくして頂いている。国民同士の感情を早く修復して欲しいと切実に思う今日この頃である。

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Commenti

想像以上に中国の反日デモが拡大してきました。
群集心理や、いろんな不満が「反日」という形をとってひずんで現れているとか、
見方は色々ですが、中国のために尽力してきた日本人も大勢いるだろうに、
ひとくくりで日本人というだけで憎悪を向けられるのは、悲しすぎますね。
従弟が駐在員で重慶にいま居ます。
どんな思いで仕事をしているのかと思うと、
たまらないです。

Scritto da: ごんふく | 17 aprile 2005 a 22:10

ごんふくさん。コメントが遅くなり申し訳ありません。
何しろIEで書けないもんで(^_^;)。
何だか、アメリカのご機嫌ばかり取っているうちに、孤立していまっている気がします。
かと言って、アメリカが日本の為に何かしてくれるワケじゃないのに。
本当にアジア外交を考えるなら、戦争の非を認めるべきですよね。
あれだけ抗議されている靖国参拝を何故続けるのか、日本人の我々でさえ疑問です。
まあ、それとは別に、今の抗日デモは中国側に問題ありと思いますが。
原因は日本であっても、騒動を抑えられない責任は中国側ですよね。
こんなことで国家間の問題で国民同士が険悪な関係になるのは悲しいです。

Scritto da: アトムズ | 17 aprile 2005 a 16:38

今回の「反日デモ」で若者達が「愛国無罪」というスローガンを掲げているのを見て、
文革時代の「造反有理」を思い出した人も多いと思います。
かつての紅衛兵にだぶって見えたり。
ただ中国人からすれば周恩来の時代に、
「日本の軍国主義と一般の日本人は別だ」と説いて
国交回復したのに、
「軍国主義の象徴たる戦犯を祀っている」靖国に首相が参拝するのは、
許しがたいことなのでしょう。
戦後60年たつものの、戦争当時を知る人はまだ多く、
簡単に許したり忘れたりはできないことですが、
ヨーロッパではあれほど仲の悪かった独仏が和解し協調しているように、
東アジアでも好ましい関係が築けないものか。
わたしはまだ中国に行ったことはありませんが、
かつて亡き祖父が住んでいた、旧満州のチチハルにいつか行くのが夢です。

Scritto da: ごんふく | 14 aprile 2005 a 23:16

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