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maggio 2005

16 maggio 2005

名鉄常滑沿線

050511sentorea2 愛知博に行ったついでに話題の中部国際空港と尾張横須賀に行って来た。尾張横須賀は今陽子さんの出身地であり、子どもの頃からずーっと行きたいと思っていた。名古屋までは行くことがあっても、なかなか尾張横須賀までは行けなかった。今回は少し時間があったので行ってみることにした。
 尾張横須賀は名鉄常滑線で名古屋から約15分。常滑線の終点は中部国際空港とのことだったので、足を伸ばしてみることにした。名古屋から急行で約50分。中部国際空港が出来るまでは恐らく終点であったのであろう常滑駅は、かなり大きな駅であった。そこから先は開拓地の様に何もない風景が続き、中部国際空港到着となる。
 駅はそのまま空港に繋がっている。動く歩道ですぐに出発ロビーに出る。向かって左が国際線、右が国内線。関西空港の半分の規模である。
050511sentrea 出発ロビーを通り抜けてエスカレーターを昇るとショッピング街、レストラン街となる。ちょっとしたテーマパークの様であるが、ここもまた関空の比じゃないくらい狭い。人が多くて、丁度昼時であったこともあり、どこもここも店の外まで行列が出来ていた。出発ロビーは閑散としていたことから、ここにいる人間の殆どは観光客であると思われる。これでは本当に空港を利用している客が利用出来ないのではないか?
このフロアの突き当たりの扉を出ると、天望デッキになる。バスで移動しなければならない関空と違って便利だ。それに関空と違って無料である。しかし、国際線は殆ど停まっていない。
 私としてはやはり使い慣れた関空の方が好きだ。最近は成田より関空の方が使いやすくなって来た。本当にこの規模で関空を抜いて、ハブ空港になるのだろうか?
 空港はどこかへ出掛けるから楽しい場所なのであって、空港だけ見に行っても大して面白くもないことが解った。
050511stowari1 その後、尾張横須賀に行った。車内放送で「尾張横須賀」という言葉を聞くと長年の夢が叶う期待に胸が躍る。残念なことに尾張横須賀駅は高架駅になっていた。恐らく、今陽子さんがここから東京へ旅立った1966年はまだ高架駅ではなかった筈だ。
 陽子さんの母校・横須賀小学校を見たあと、陽子さんの生家を訪ねてみた。テレビで叔父さんがやっている床屋の真隣と言っていたので床屋を探して行ってみた。いつか陽子さんが話していた様に前は確かに国道であった。この国道に水をまくのが夏休みの日課だったとか。ここから陽子さんがは東京へ行ったのかと思うと、感慨無量であった。家の前にはいつも遊んでいたと言うお寺があった。
050511stowari2 尾張横須賀、何と言うこともない平凡な街であるが、私にとっては特別な思いのある街であった。小学校時代の陽子さん、金城学院時代、常滑線のプリンセスと言われるくらい可愛かった当時の写真が頭に中に甦って来た。
 そうそう、3日間名古屋近郊の列車を利用して見て面白かったこと。こちらは「ドア締めま〜す」「間もなくドア締めま〜す」と言うんですね。関西は「ドア閉まりま〜す」と言うが、正確にはドアが勝手に閉まるワケではないので「ドア締めます」が正解だろうね。
※ この詳細はまたHPにアップしたいと思っています。

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10 maggio 2005

愛・地球博2

expo510_4 今日の目標は日立グループ館、それだけ!夜も日立の長蛇の列は減らない様なので、朝いちを狙うしかない。…ということで、昨日の帰り道のローソンで買っておいたおにぎりを食べて、7時15分にホテルを出発。8時半頃会場に到着したが、既にゲート前はかなりの人で埋まっていた。待つこと30分。やっとゲートが開いたが、ひとりずつ手荷物検査があるので、中に入るまでにまた暫く時間を要する。入った途端に日立グループ館に向かうが既に90分待ち(^_^;)。しかし、ここで逃げては一生入れないし、今日はこれだけでも良いくらいの気で来たので列に並ぶ。前の女子高生の友達が予約取れたと携帯に連絡が入り列から離れて行った。しまった。ミスったかな。先に予約に並んで予約取ってからトヨタにでも並ぶべきだったかなと後悔したが、今、ここを離れでも絶対予約取れるわけでもないし、ここで並んでいても10時半には入れるんだからと思い直しそのまま並んだ。結果は正解だった気がする。あそこで予約に回っていても、何時のが取れるか解らないし、夕方に出もなったら、結局、返って面倒だ。90分と言っても列は止まることなく進み続けていたので長く感じなかった。いやあ、並んだ甲斐ありましたよ。流石は人気No.パビリオンだけあり、めっちゃ面白かった。プレショーもネーチャービューアーという情報端末を動物の絵のある指定のところに近づけると映像がその端末に映る。メインショーは2人乗りのライドに乗り、ジャングルや海に行け、望遠鏡を覗くと色んな動物が見れる。また、手に付けたハンドセンサーを動かすと、ゴリラにバナナを投げることが出来たり、動物を手に乗せたり出来る。この日、入り口で撮った写真は会期中、HPにアクセスすればいつでも見れる、なかなか面白かったぞ。
 続いて入ったのは夢見る山のひとつ「ウォーターラボ」。ここで、お昼頃になる。トヨタグループ館の整理券を貰う列が長蛇になっており、並ぶのはやめる。今日、予約が取れているのは13:10のマンモスラボと17:50のガスパビリオン。この時間に合わせるのがなかなか面倒。13:10までにもう1つ見れるかどうかぎりぎりの時間。ワンダサーカス電力館が30分待ちだったので並ぶ。これも、またかなり面白い。乗り物に乗れるものって結構いける。
 マンモスラボはオレンジホールに行ったが、スーパーハイビジョンの映像は奇麗だったが、人の多さと立ったままの映像鑑賞も疲れた。マンモスも私的にはあまり興味を持てなかった。
expo510_2 午後は何とか三井・東芝に入りたかったが、これも100分を越える待ち時間であった為挫折。外国パビリオンをいくつか回る。中国館。私はやっぱり中国が好きだ。中国の文明、歴史、遺跡…。なのに、中国では日本は良く思われていないことが悲しく感じられた。
 どこにあるかも解らない様なところに押し込まれていたアメリカ館。でも、流石はアメリカかなと思った。フランクリンの特集の後、部屋を替えて火星探知機や火星の説明コーナーがあった。大阪万博ではアポロ11号と月の石だったく今回は火星だ。宇宙開発に関して先端を行くのはやはりアメリカなのだろうか。アメリカ館だけ、時節柄、入る時に手荷物チェックがあった。
 アメリカ館から出て来たら、コモン2のイベントステージではメキシコのバンドが音楽ショーをやっていた。ナマの音楽は心に響く。
expo510_3 あとは予約のガスパビリオンに行き、出て来てから三井東芝館に90分待ち。トヨタグループ館も90分待ちと言うことでトヨタグループ館に並ぶ。ラッキーなことに30分で入れた。トヨタグループ館は前評判ほど良くない。隣に座っている女性は途中で眠っていた。30分くらいの待ち時間だったからまだ救われるが、これが90分待ちとかになるとキレるかも。 
 トヨタグループ館を出て来たら、他のパビリオンは閉まっている時間になっており土産物を買って帰ることにしたが、ここもまた超混雑。せめて最後くらいゆっくり買い物がしたかった。
 大阪万博を期待して出掛けたが、期待外れの感が否めない。大阪万博の時は何処も外観にそれぞれの特徴があり、斬新だったパビリオンも今回は印象のないものだった。特に外国館は、狭いゾーンにまとめられ、何だか祭りの縁日の見せ物小屋の様だった。
expo510_1 大阪万博の時は各パビリオンでいろんな記念品が貰え、それを集めることも楽しみだった。バッジなどは野球帽に付けていき、小学生だった私は取ってはその数が多いことを自慢し合ったものだった。
 1970年、高度経済成長の真っ只中。日本は太平洋戦争の敗戦から立ち上がり、1964年にはアジア初のオリンピックを開催し、先進国の仲間入りをしようしてる時だった。景気は天井知らず、明るい未来しかない様な。日本のエネルギーはこれからいくらでも伸びていく若い木であった。大阪万博のテーマソング、♪こんにちは〜 こんにちは〜 という三波春男の明るい歌声が何よりもそれを物語っている。今の日本はどうだろう。景気はどん底。全ての面において、中国にも韓国にも抜かれ、未来に光が見えない。国民も疲れ切っている。もう、盛りを過ぎてしまった老木ではないか。そんな中で開かれた万博にはやはり無理がある。
 あの頃のエネルギーと明るい未来を感じられる日本はもうやって来ないのであろうか。

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09 maggio 2005

愛・地球博

05_09expo1 35年前の郷愁を求めて愛知博にやって来た。新神戸から名古屋まで1時間ちょいなのに、名古屋から会場までが1時間近くもかかる。会場に到着したのは10時過ぎだった。この時点で日立グループ館は3時間待ち、当日予約は終了、整理券は配っていないとのことだった。いくらなんでも3時間はちょっと…。パス。日立グループ館に恐れおののいて隣のトヨタグループ館ははなからパス。2時に整理券を配るらしいので、それに賭けることにした。
 予約制のないワンダーホイール展覧車に行くと、70分待ちだったので並ぶ。ま、1時間くらいは妥当だろう。ここは行きたかったパビリオンのひとつ。今回、お目当ては、ここと三菱未来館、日立グループ館、トヨタグループ館、イタリア館である。結構混んでいて観覧車は相席なるかも知れないとのことであったが、いざ、順番が来ると、ひとりでひとつの観覧車に乗せて貰えた。ホンの数分であるが、会場全景を独り占め出来た様な気がした。70分待った甲斐があった。
05_09expo2 となりの三菱未来館は50分待ちと出ていたので続いて並んだが、入場までに1時間くらい要した。「もしも月がなかったら」というテーマで、プレアトラクションはロボット2機の掛け合い、そして、その後、部屋を移して、月と地球の掛け合い。最後は3Dシアターで月がなかったら地球はどうなっていたかを上映する。まあまあ面白かったけど、「ふ〜ん。そうかあ」と思うだけでそれ以上の感激はなかった。35年前の大阪万博の三菱未来館の方が面白かった。
 その後、イタリア館目指して外周を歩く。イタリア館も今ひとつ、面白くなかった。各州から名産を展示していたが、説明を見なくともどこの州のものか大体解った。シチリアで出土したというブロンズ像が目玉の様だ。最初、イタリア人はおらず、出て来たら何人か見かけた。しかし、何か愛想が悪い。スペイン館やアジアのパビリオンのガイドの方が感じ良く思えた。
05_09expo3 今日、予約出来たのはNEDOパビリオンとJR東海リニア館。リニア館は鉄道の歴史と素晴らしさを映像で紹介していたが、JR西日本の大惨事のあとだけに、全てが空々しく逆効果に聞こえた。スピードばかりを追求するその姿勢が先日の事故を引き起こしたのではないのか?本当に安全なのか?
 博覧会全体を見て感じたことは、大阪万博から35年も経っているのに、かなりしょぼかった。大阪万博が如何に高度経済成長の真っ只中で行われたものか改めて感じた。情報はないので解らないが、参加国もかなり少ないのではないだろうか?企業も松下館や住友館もなかった。それに、個性がない。パビリオンは単なる建物で、ひとつの建物にドイツ館とフランス館が並んでいたりする。大阪万博の時は、パビリオンの外観自体もシンボリックなモニュメントであった。今でも覚えている。どこからでも目に付く太陽の塔、ソ連館も赤が印象的であった。白いドーム型はフランス館、青いドーム型は西ドイツ館、ブタの蚊遣りのガスパビリオン、夜になったらガラスが光で輝いて夜景が綺麗だったスイス館…。ひとつひとつのパビリオンの敷地もかなり大きかった様に思う。なんだか、ハウステンボスに毛が生えた程度で残念に思った。

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06 maggio 2005

シュレッダー

050506 シュレッダーを買って来た。4月より「個人情報の保護に関する法律」が出来、情報管理について関心が持たれる様になった。思えば今まで、郵便物、電話料金、クレジットカード利用明細etc.個人情報が記された物を何の処理もせずゴミに出していた。危険と言えば危険なことである。先日、安物のシュレッダーを買って来たのだが、ストレート裁断だったし、ゴミ受けが小さくすぐにいっぱいになってしまっていた。おまけに買って何日も経っていないのに、紙を4枚ほど一度にかけたら壊れてしまった。職場のシュレッダーを見てクロス裁断なるものもあるのだと知り、これはちょっと良いものを購入しようと量販店にでかけたが、今、ブームの様で、在庫切れだった。やっと今日入っているのを発見し、購入して来た。帰って来て、使ってみたが、なかなかの使い心地。切ったものを見てみるとストレートではなく細かく刻まれている。楽しくて、ゴミを探し出しては裁断している。
 今週はずっと祝日続きで公の機関が休みだった。漸く今日平日になったので、銀行、郵便局にも行って来た。5月2日期限の固定資産税、いつも差し押さえのお知らせが来るまで放ってあるが、たまには早めに納めておこう。あと、3月末に合格した精神保健福祉士の資格登録の手続き。登録料が15000円と手続き料が5300円も要ることから放ってあった。社会福祉士の時は待ち侘びた資格だったので、すぐに手続きしたのだけど、それ程の関心もなかったということもある。それから、ヤクルト古田選手の2000本安打記念切手の申し込みが3000円ちょい。なんだかんだで4万円を越えてしまった。でも、まあ、今まで気になっていたものが全部片づいたのでホッとした。

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03 maggio 2005

薫風香る

050503_1 5月になると我が町はつつじが咲き乱れる。今年もいよいよつつじの季節。今日も、仕事で町内散策に出掛けると、あちこちにつつじが咲いていた。公園の土手にも、歩道の植え込みにも、一面赤や白やピンクのつつじが咲き乱れ、街中が急に華やかになる季節である。真っ青な空に良く映えていた。一緒に散歩していた施設利用者を「さあ、ここに立って」「そっちに立って」と至る所に立ち止まって撮影会である。今日は天気も良く、実に気持ちの良い1日であった。気温は高いが湿度が低かったので爽やかであった。こういう時はこの仕事をしていて良かったな〜と思う。こんなに天気の良い日に事務所に籠もってデスクワークなんて耐えられない。つつじはまだ7分咲き、華やかな風景はまだ暫くは楽しめそうだ。

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02 maggio 2005

神戸散策

050502ginpei 3月で退職した同僚と久し振りにあった。1ヶ月しか経っていないのに、積もる話が山の様。話は尽きない。
 安くて美味しいランチをしましょうということで、私が選んだ店は「銀平」。もう20年近く前、妹が景気の良かった証券会社に勤めていた頃に一緒に行ったことがある。魚料理の店で美味しいものを安く食べさせてくれる。
 三宮の山側、少し入り込んだところに時代の流れを忘れた様な一画がある。「銀平」もそんな一画に調和する様に建っている。中に入ると、下駄箱があり鍵は木の札になっている。店内はさほど広くなく、テーブルが8つとカウンターという作りである。店員もきびきびと気持ちが良い。カウンターに案内されそうになったが、ゆっくり話がしたかったので、テーブル席を希望した。
 妹と来た時に食べたのは、煮魚、焼き魚。何でも美味しかったが今日は刺身を頼んだ。いきなり豆腐が出て来て驚いたのだが、定食についているものらしい。そのあと、蕎麦が出て来る。メインの刺身はタコが非常に美味しかった。
 街中の喧噪を忘れそうな、和風で結構落ち着くこの店、私が結構、お気に入りである。
 昼食の後、三宮から、元町を通って神戸ハーバーランドまで歩いた。こんなに歩くのは久し振りである。JRの駅でも3駅ある。神戸の街も車や電車で通り抜けるのではなく、こうやって歩くといろんな発見があるものだ。三宮の浜側に陸橋が出来ていた。JR西口改札出たところから地上に降りなくてもそのまま渡れる様になっているのだ。一体、いつ出来たのだろう。1月末にイタリアに行った時、この前から関空行きのバスにのるのだが気がつかなかった。あったのかなあ?
 三宮センター街、大丸、元町商店街、結構な人出であった。やはりゴールデンウィークの最中であるということなのかな。
 天気予報が外れて良い天気に恵まれ、久し振りに神戸の街を見つめ直せた1日だった。

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