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09 maggio 2005

愛・地球博

05_09expo1 35年前の郷愁を求めて愛知博にやって来た。新神戸から名古屋まで1時間ちょいなのに、名古屋から会場までが1時間近くもかかる。会場に到着したのは10時過ぎだった。この時点で日立グループ館は3時間待ち、当日予約は終了、整理券は配っていないとのことだった。いくらなんでも3時間はちょっと…。パス。日立グループ館に恐れおののいて隣のトヨタグループ館ははなからパス。2時に整理券を配るらしいので、それに賭けることにした。
 予約制のないワンダーホイール展覧車に行くと、70分待ちだったので並ぶ。ま、1時間くらいは妥当だろう。ここは行きたかったパビリオンのひとつ。今回、お目当ては、ここと三菱未来館、日立グループ館、トヨタグループ館、イタリア館である。結構混んでいて観覧車は相席なるかも知れないとのことであったが、いざ、順番が来ると、ひとりでひとつの観覧車に乗せて貰えた。ホンの数分であるが、会場全景を独り占め出来た様な気がした。70分待った甲斐があった。
05_09expo2 となりの三菱未来館は50分待ちと出ていたので続いて並んだが、入場までに1時間くらい要した。「もしも月がなかったら」というテーマで、プレアトラクションはロボット2機の掛け合い、そして、その後、部屋を移して、月と地球の掛け合い。最後は3Dシアターで月がなかったら地球はどうなっていたかを上映する。まあまあ面白かったけど、「ふ〜ん。そうかあ」と思うだけでそれ以上の感激はなかった。35年前の大阪万博の三菱未来館の方が面白かった。
 その後、イタリア館目指して外周を歩く。イタリア館も今ひとつ、面白くなかった。各州から名産を展示していたが、説明を見なくともどこの州のものか大体解った。シチリアで出土したというブロンズ像が目玉の様だ。最初、イタリア人はおらず、出て来たら何人か見かけた。しかし、何か愛想が悪い。スペイン館やアジアのパビリオンのガイドの方が感じ良く思えた。
05_09expo3 今日、予約出来たのはNEDOパビリオンとJR東海リニア館。リニア館は鉄道の歴史と素晴らしさを映像で紹介していたが、JR西日本の大惨事のあとだけに、全てが空々しく逆効果に聞こえた。スピードばかりを追求するその姿勢が先日の事故を引き起こしたのではないのか?本当に安全なのか?
 博覧会全体を見て感じたことは、大阪万博から35年も経っているのに、かなりしょぼかった。大阪万博が如何に高度経済成長の真っ只中で行われたものか改めて感じた。情報はないので解らないが、参加国もかなり少ないのではないだろうか?企業も松下館や住友館もなかった。それに、個性がない。パビリオンは単なる建物で、ひとつの建物にドイツ館とフランス館が並んでいたりする。大阪万博の時は、パビリオンの外観自体もシンボリックなモニュメントであった。今でも覚えている。どこからでも目に付く太陽の塔、ソ連館も赤が印象的であった。白いドーム型はフランス館、青いドーム型は西ドイツ館、ブタの蚊遣りのガスパビリオン、夜になったらガラスが光で輝いて夜景が綺麗だったスイス館…。ひとつひとつのパビリオンの敷地もかなり大きかった様に思う。なんだか、ハウステンボスに毛が生えた程度で残念に思った。

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Commenti

ごんふくさん。ロシア館出ていたみたいです。
今回、本当にどこも特色がないし、エリア別になっているので、
そのエリアに行かないと殆ど解らない状態です。
マンモスはそれ程感動しませんでした。
あまり興味がないからかな。
アポロ11号に比べたら…ねえ。

Scritto da: アトムズ@夜勤中 | 15 maggio 2005 a 01:49

「EXPO70」は、海外旅行が自由化されてから数年しかたっておらず
世界各国の展示館も、新鮮に見えたんでしょうね。
それに目玉はなんと言っても「月の石」。
別の天体の物体ですからね、マンモスなんかとは衝撃が違います。
愛知県って、オリンピック誘致でソウルに負けたんで、
じゃ、こんどは万博やろうってなんだか人がいっぱい集まればそれでいいんかい?
という気がしてならないんですよ(^^;

Scritto da: ごんふく | 11 maggio 2005 a 22:15

ごんふくさん。その通り。私が言いたかったのも、そういうことです。
やはり、高度経済成長真っ只中、どこまで伸びるか天井知らずの好景気の中で
イケイケドンドンの時代にはお遊びとしては絶好のものだったと思います。
今は景気はどん底、こんなお遊びしている場合じゃないだろってとこで、
かなり無理して、きゅうきゅうの中でやっている気がしました。
大阪万博では人気館だったソ連(現ロシア)は参加しておらず、
アメリカ館は話題にもならず、どこにあるのかも解らない程、
隅に追いやられ、僅か5分待ちで入れる(大阪は2時間待ちが常だった)という現実も寂しいものがありました。
しかし、内容は流石はアメリカというもので、他の外国館とは大きな違いがありました。
今日は日立グループ館に行きましたが、ここだけは2005年の値打ちあるものを感じました。
何か寂しい時代になりましたね。昭和元禄と言われていた時代が懐かしい。

Scritto da: アトムズ | 10 maggio 2005 a 23:49

大阪万博はわたしが小2のとき。
当時は新幹線も博多までは開通しておらず、
けっきょく見に行くことはありませんでした。
でも当時の熱気は今でも忘れられません。
クラスでお金持ちの子が万博見物に行ったと聞いて、
羨ましくてたまらなかったのを覚えています。
伯父が見に行って「人ごみをみにいったようなものだった」と言ってましたが、
おみやげにもらった万博絵はがきは宝物でした。
そうです、赤くて斬新なソ連館はインパクトありましたよね!
あの頃は高度成長の時代で今日より明日はずっとよくなる、
そんなことがシンプルに信じられる右肩上がりの時代でした。
だからこそ、万博は魅力的でエキサイティングだったんでしょうね。
愛知万博は最初から見に行く気にはなれませんでした。
未来や技術を純粋に信じて憧憬を持てなくなった停滞の時代には、
やはり色あせて見えてしまいます。

Scritto da: ごんふく | 10 maggio 2005 a 22:07

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