28 dicembre 2006

06年最後の銀座スウィング

 今まで2〜3ヶ月に1度は出演していたので、まさかこんなに開くとは思わなかったので、6月をパスした為、3月以来、9ヶ月ぶりのスウィングとなった。今年はミュージカルの仕事が多く、それはそれで、また見応えがあったのだが、思い切り歌を聴く機会が少なかったので、本当に今日の日を楽しみにしていた。やっぱり今陽子さんの本職は歌手だから。

1部は
Night and Day
ベサメムーチョ
黒いオルフェ
Fly me to the moon
Spain
An affair to remember(めぐり逢い)
シェルブールの雨傘
キャバレー

2部
二人でお茶を
枯葉
タイトル不明
テネシーワルツ
慕情
アランフェス交響曲
コンガ
Don't cry out loud(泣かないで)
虹に彼方へ
ニューヨークニューヨーク

Let me try again

 今日は秋満義孝さん、白石啓太さん達と一緒だったので、元々のレパートリーで、歌い上げる歌が多かった。本来の歌を聴くと、心が安らぐ。
 「ベサメムーチョ」はいつもと違って、アップテンポなアレンジで、とても良かった。「「ボーイ・フロム・オズ」では、息子ピーターに語りかける様な歌が、客の胸を打った「泣かないで」。今日はひとつの曲として聴いたがで、目の前で歌ってくれたこともあり、ミュージカルで聴いたのとはまた違った良さがあった。
 1部と2部のラストは、両方ともライザ・ミネリだった。「キャバレー」「ニューヨークニューヨーク」共に凄い声量で歌い上げていた。やっぱり、ライザが好きなんだと思う。生き生きして輝いていたもの。「ボーイ・フロム・オズ」では、輝いてはいけない(?)役所だったから、本来の陽子さんの姿を出せなかったけど、ライザの歌を歌わせたら、天下一品だと思う。本当に良かった。
 陽子さんはMCも面白いのだけど、今日は洋物ミュージカルの訳詞は考えないといけない、日本語の歌詞ではこうなると言って歌った「ダンシングクイーン」に大笑いしてしまった。「ボーイ・フロム・オズ」での「泣かないで」がブログで評判だった話の時は、私に「ねえ」と語りかけてくれた。「もうひとりのパソコンの先生なの」とも言ってくれた(^_^;)。大阪で話したこと、覚えてくれていたのね。ちゃんと、ブログ検索出来たんだ。パソコンは凄い上達ぶりらしくて、かなり使いこなしているとのこと。なんでもやるとなったら徹底的にやる陽子さんらしい。今日は師匠の白石さんもいたし、盛り上がっていた。
061228swing 1部と2部の間で、「Love Swing」「Christmaswing」のCD販売があった。「Love Swing」は前に購入したが、それ以前に出された「Christmaswing」は買う機会がなく、エーベックスのHPを見て、在庫ないのかなとか思っていたので、今日、購入出来てラッキーだった。
 今日は終演後、出て来られるのが遅かったのだけど、お陰で(?)お客さん、殆ど帰っていたので、昔から一緒に見に来ていた私達3人と、親も弱っていく年齢だという様な世間話を結構長く出来た。
 陽子さんは今日が2006年の仕事納めで明日からニューヨークへ行かれるそうだ。今夜はこれからスタッフと忘年会、明日は早朝から成田へ行くので、今夜は寝られそうにないとおっしゃっていた。本当に若いなあ。服装もステキだった。
 そうそう。「『寺内貫太郎一家』またやっているんですよ」と言うとDVDを買ったとおっしゃっていた。1も2も買ったそうだけど、「出演しているのは2ですよ」と言うと、初めは「両方出ている」みたいなことをおっしゃっていたが、「そっち(私)の方が詳しいから、やめとこ(^_^;)」と引かれてしまった。昔の情報はご本人より詳しいかも知れない(^_^;)。私は、1200円でDVD−RW10枚組を買って来てテレビから録画してます(^_^;)。あの、テレビに出ていた人が目の前にいて、その話を当人としているなんて信じられない。
 今年は良い年末となった。スウィングの次回出演はまだ調整段階らしく、決定していないとのことであったが、是非、来年も観に来たいと思う。

※余談だが、白石啓太さんってここ数年、拝見する様になった方なのに、何か昔から知っている様な不思議な郷愁を感じる方である。何故かなあと思っていたが、今日、思いついた。そう、鶴光師匠に似ているのだ。鶴光師匠は東京に出る前から関西では英雄であった。私も中学時代、ラジオ関西までスタジオ見学に行ったことがある。うん!白石さん、笑顔が鶴光師匠に似ているんだ(^_^;)。

※写真は休憩時間に行われたサイン即売会。どうしても「Cristmaswing」が欲しかったので、一番に出て行ったら、まだ陽子さん、出て来てなくて「後で陽子さん、サインしてくれますかね〜?」とマネジャー氏に言っていたら、後ろに出て来られていて、サイン即売会(?)が始まりました。好評のうちに完売したそうです。手前でマネジャー氏が持っているチラシは、4月に行われる「モダンミリー」のチラシ。「まだ、どこでも配ってないでしょ?」と陽子さん。

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21 dicembre 2006

東高円寺

061221metoro4 1975年に出された杉本真人の「M氏への便り」という歌が無性に聴きたくなり、当時、購入した「あすふぁると」というLPを引っ張り出して来て、パソコンに取り入れた。ステレオはもう壊れているので、昔のレコードを聴こうと思うと、こうやってパソコンに取り入れてCDにするか、iPodに入れないと聴けないのだ。(先日、テレビでやっていたが、今の若者はレコードにB面があることを知らないらしい。私なんか、CDに裏がないことの方が受け入れられないが…)。
 とても30年以上前に出された曲だとは思えないくらい斬新で今でも十分新しく感じる曲ばかりで、買った当時より聴き入ってしまった。
 ところがレコードなんて暫くほったらかし状態だったので、細かいゴミがついていたり、カビ?が生えていたりで、目立った傷もないのに、針が飛びまくる。針に10円玉を乗せて何とか解決した曲も数曲あったが、半分くらいはダメだった。昔はクリーニング用のスプレーをかけて拭いたものだが、今じゃそんなものすら街では入手出来ないし、インターネットで検索して何とか注文した。これで聴ける様になると良いんだけど。

061221metoro1 061221metoro2

 なぜ、1975年当時にこのレコードを買ったかと言うと、今陽子さんが歌っていた「東高円寺」の作者が杉本さんであり、オリジナル曲が入っていたからなのだ。何とか「M氏への便り」と「東高円寺」は聴くことが出来た。懐かしい。陽子さんの「東高円寺」も聴いてみた。
 そして、今日、部屋の掃除をしていると、当時、東高円寺駅へ切符を売って欲しいという手紙を出した時の返事が出て来た。当時1区間の切符と、それだけでは何だからと記念乗車券を9枚同封してくれていた。その頃、愛国から幸福への切符とか、徳島の学駅の入場券とかが話題で、土産物にもなっていたりしており、その辺りの切符はきちんとしたハードなものだったのだが、別に何の話題にもなっていない東高円寺の切符はぺらぺらの普通の自販機で出て来るものだった。しかし、この記念乗車券は値打ちあるものだよねえ。
061221metoro3 当時は1974年の夏に観光で父に連れて行って貰っただけの私にとって東京は遠い街だった。東高円寺という街も地図で調べて見るだけで想像するしかなかった。大人になってから行ってみたが、別に何ということのないタダの街だった。何故、高円寺や国分寺じゃなく、東高円寺だったのだろうか。
 今では度々東京へ行くが、未だに「東高円寺」という地名を聞くとあの当時の懐かしさが甦って来る。

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24 novembre 2006

ボーイフロムオズ

061123oz 楽しみにしていた「ボーイフロムオズ」の大阪公演、観に行って来ました。今陽子さん、地味な役だけど、凄く良い役所だったと思います。ひとり、芸能界の人間ではない役というのが返って目立っていたりしました。ピーターとのやりとりのシーンも、とても優しい母親像が良く出ていて、子どもを持たない陽子さんが凄いなと役者魂に感心しました。本来の「今陽子」はジュディガーランドやライザミネリのイメージだと思いますが、このミュージカルの中では「今陽子」ではない「マリオン・ウルーノー」そのものだった気がします。女優としてもとても頼もしく感じました。
 歌は言わずもがなですが、ちょっとナンバーが少な過ぎ。せめて4〜5曲は歌って欲しかったです。やっぱり、陽子さんが歌うと場が引き締まります。最後の「泣かないで」はもう最高でしたね。歌というより、台詞にメロディをつけたという感じ。語りかける様に歌っていました。そして、最後は熱唱。舞台のラスト近く最高の盛り上がりでした。
 ミュージカル全体で見ると、失礼ながら坂本君を知らなくて、「キャバレー」の錦織が酷かったので、「どうせジャニーズ」くらいに思っていたのですが、なかなか歌もうまくて声も良いし、凄くハンサムってわけじゃないんだけど、何か格好良くて魅力的な青年でした。後ろのおばさんも同じこと言っているので、おかしかった。
 鳳蘭さん、紫吹淳さん(ライザのイメージ、ぴったり)も舞台を華やかにしてくれていたし、全体的に良く出来たミュージカルだったと思います。ただ、何故か厚年の芸術(中)ホールだったので、舞台作りが東京よりかなり縮小されていたみたい。陽子さんも「東京はセリもあってもっと良いんだけどねぇ」とおっしゃっていた。なんで大ホールでしないのかな。客は入るだろうに。
 いつもの様に楽屋口まで行くと、いつもはいない係の人がいて、「出待ちなら道まで出て待って下さい」と言われたが、道まで出ていたらタクシーで出て行ってしまう恐れがあるので、中間くらいで楽屋口を気にしながら待っていたら、すぐに聞き慣れた声がして来ました。舞台が撥ねてから15分くらい。陽子さんは出て来るの早いので有名ですが、これ程早かったことは今までなかった様な…。声を掛けると誕生祝いのWebメールのお礼を言ってくれました。少しお話出来ました。「最後の歌、いろんなブログで絶賛されていますよね」と言うと「どこを見るの?」と言うから、「『今陽子』と入れてブログで検索すると見れますよ」と言うと「まだまだ勉強中だからね」と言っておられました。
 パンフレットにサインをお願いしたら、「良いわよ」と言って快くサインして下さいました。「また、メール頂戴ね。26日まで見れないけどね(^_^)…」とおっしゃって、タクシーに乗って去って行かれました。。
 33年前、最初にナマで陽子さんを拝見したのが、大阪厚生年金会館。帰り道に偶然「楽屋口」を見つけ、入って行くと、受け付けでも何も言われず楽屋まで入っていけたのでした。その頃は、私の存在など知られていなかったので、声もかけて貰えなかったけど、目の前にあの憧れの人がいて、マイクを通さない声を聞いていることが信じられませんでした。その後、なんだかんだといろいろあった厚生年金会館。ここに来る度にいろんなことを思い出します。
 今日は大阪を23時20分の新快速に乗らないと神戸の地下鉄の最終に間に合わないので、22時45分くらいまでしか、出待ち出来ないと思っていたけど、めちゃ早くで来てくれたので、余裕で阪神で帰って来れました。

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03 novembre 2006

懐ドラ

 懐かしのメロディが「懐メロ」なら、懐かしのドラマは「懐ドラ」とでも言うのだろうか。毎月配られて来るCATVの願組表に「寺内貫太郎一家2」のタイトルを見つけ、すぐにオプションチャンネルのTBSチャンネルの契約をした。
 「寺内貫太郎一家2」には今陽子さんがレギュラーで出ていたのだ。役柄はストーリーにはさほど関係なく、最後にチョロッと出て来る飲み屋の女将役。「時間ですよ」「寺内貫太郎一家1」では篠ヒロコが演じていた役だ。しかし、健康的な陽子さんに篠ヒロコの様な影のある役は難しく、坊や三郎演ずる親父とふたりで店を切り盛りしている娘の役。旦那は宮城刑務所に入っているが、あまり話題にはならない。
Terakan2 いやあ、懐かしい。1975年の放送だが、1982年に再放送があって、勤務先の中学校の視聴覚教室で毎日見ていたっけ。
 本当に陽子さん、若い。っていうか、本当に可愛い。当時、私は高校生だったので、23歳の陽子さんが大人に見えたけど、今の私が、今の陽子さんと比べて見ると、まだまだ子どもだ。当時の写真は残っていて、それは大人っぽく見えるんだけど、映像ってごまかせない。本当に可愛くて、それでも大人を意識したイメージ作りをしていたのだから、無理があって当然だろう。
 着物姿も何かしっくり来ない。「偽りの花園」では本当にぴったりイメージにあっていたけど。やはり、役者としても良い役者になったってことだね。歌は元々素晴らしかったけど。
 ちなみに「寺内貫太郎一家2」には同い年の風吹じゅんが長女の役で出ている。風吹じゅんもまた子どもだ。最後にギターを弾きながら歌うシーンがあるのだが、歌はほんとに下手だし、どこにでもいる様な地味な女の子である。「時間ですよ」のラストシーンで歌っていたこれまた同い年の天地真理の方が、当時は余程可愛くて輝いていただろう。
Terakan4 しかし、今、55歳になって、陽子さんも風吹じゅんも本当に素敵だと思う。当時よりも輝いている様に思う。それに引き替え、天地真理は…。いや、それ以上は何も言いません。年取るに連れて素敵になっていくって努力も意識も必要だと思うけど、風吹じゅんも陽子さんも立派だと思う。偶然にも陽子さんは、来年、「魂萌え!」という映画で、風吹じゅんと共演する。50代も半ばを過ぎた素敵な女性の共演が楽しみだ。
 20代前半の可愛い陽子さん、50代半ばの素敵な陽子さん。同じ人物とは思えないんだけど、私が40年間応援して来た人は紛れもなくこの人なんだ。いつの時代も私たちの憧れの象徴であり、夢を与え続けてくれている。
 このTBSチャンネル、たった600円で「懐ドラ」が目白押しで放送されている。「サウンドインS」なんて音楽番組もあって、陽子さんの出た回の再放送が10月に放送された様だ。悔しいーっ!!もう1か月早く契約すべきだった。TBSチャンネル、暫く楽しませて貰えそうだ。

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26 ottobre 2006

チケット到着

 「ボーイフロムオズ」来月23日の大阪公演のチケットが昨日届いた。昨年は東京公演しかなく、主演ではないので東京までは観に行かなかったんだけど、陽子さんの熱演はかなり好評だったので、今から、楽しみ(^_^)。
 12月は年末に銀座スウィングでライブがあり、航空券の手配も完了(年末の為、スカイバーゲンがない上に、前割も1しかない(;_;))。今年は年末まで楽しみ多いなあ〜。

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23 ottobre 2006

THE 夜もヒッパレ

06102301 90年代中盤から日テレでやっていたヒッパレ。ビデオを引っ張り出して来て、久し振りに観てみたら、これがめちゃ懐かしい。ビデオもかなり傷んでいたので、休みの2日間でDVDに入れ直した。DVDにしたら、パソコンでも観れるので、ついついずっと観てしまう。2日間、今陽子さんの歌、聴き続けて、何か元気が出て来た。陽子さん、とっても素敵。着る衣装や髪型で、同一人物とは思えない程、いろんな姿を見せてくれる。40代の頃だけど、少女の様に可愛かったり、女性として可愛かったり、マニッシュでかっこよかったり、シックな夫人っぽかったり…。通して観ると歌う歌に合わせて考えていた様だ。他には何もしたくないけど、このDVDだけは何度でも観たくなってしまう。
06102302 ヒッパレなんて、ついこの間の様な気がするけど、もう10年以上前になるんだな〜。若い歌を私達が聴く、また、若い人達がベテラン歌手を知ると言う意味で、うまくジェネレーションギャップを埋めてくれた番組だったと思う。この年の紅白歌合戦は、若い人達の歌を知っていたから楽しみだった。今、老若男女に愛される歌はない。あの頃もそうだったけど、私達の時代の実力を持ったアイドル達が、その当時の若いアイドルの歌を歌ってくれることで、みんなが同じ歌を知ることが出来たと思う。番組最後の方はベテラン歌手が出なくなり、同じ若い世代のもの同士が人の歌を歌う番組となり、本来の目的が失われた様で、面白くなくなった。そして、番組は終了した。
 そのうち資料を揃えて、HPの陽子さんのコーナーにアップしたいと今、準備中。やりたいこと出来て嬉しい(*^_^*)。

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02 ottobre 2006

デジタル時代

061002cd iPodに音楽を取り入れるのに、レコードからテープに録音したものをデジタル化していたのだが、面白くなって昔から録り貯めたテープを全部CDにしておこうと思い、作業にかかっている。丁度、テープも古くなり、最初がちぎれていて修理を要するものもあり、これは早急にCDにしておかないと2度と聴けなくなってからでは遅いと危機感持ち始めた。CDにしてみると、これがなかなか便利。テープだと頭出しが大変だが、CDだとすぐに聴きたいところへ飛べるのだ。保管も手軽だ。
 使用ソフトは銀座のアップルストアでiPodと一緒に購入したSound it!。まず、Sound it!でラジカセからパソコンにテープを録り込む。これが正味の時間を要するので、結構暇がかかるのだ。その後、不要な部分や雑音部分を削除していく。そして、iTunesに録り込んで、タイトルを編集してから、CDにダビングする。1枚1枚とても時間がかかるが、昔のピンキーのテープを聴くのはとても懐かしい。CDにはラベルマイティで昔の写真を使って作ったラベルを貼って出来上がり。
 パソコンに繋げられるプレーヤーを買って、レコードも入れ直そうかなと思っている。すっかり病みつき(^_^;)。ラベルも作って、レコードをCD化したい。
 そんなことをしていたら、今朝、メールを開いてびっくり(@_@)。何と、今陽子さんからメールが届いていた。事務所がやっているのかなと思ったけど、メアドはどうもご本人っぽいので、本物の様だ。最近、インターネット始めたとおっしゃっていたのだが、これがパソコン初メールとのことだった。パーカッションの白石啓太さんが師匠らしいのだが…。いやあ、昔、ニューヨークに勉強に行かれていた時にエアメールを頂いた時に続く感激だ。至る所にメアドを書きまくっておいて良かった(^_^;)。
 ブログも作ってくれたら良いのになあ。人に作らせるんじゃなくて、自分で手作りのブログを作って欲しいもんだ(^_^)。ノートパソコンとデジカメを持ち歩き、お稽古場からブログ更新してくれたりしたら、もう感激なんだけどなあ。

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31 agosto 2006

葉っぱのフレディー

060831angelo 6月に銀座スウィングに行ってないので、久々に今陽子さんに会って来た。今年の夏は子ども向けミュージカル「葉っぱのフレディー」で全国を回っていた。7月31日に東京新宿文化センターを皮切りに始まった公演は今日、新大阪のメルパルクOSAKAが千秋楽なので観に行った。
 入りは5〜6割で空席が目立ち、ちょっと寂しい。子ども向けミュージカルは今まで西友ミュージカルで「白雪姫」や「シンデレラ」などを観に行ったが、それに比べれば、結構大人同士の観客もいた。その代わり、出演者が子どもが殆ど。確かに芸達者な子ども達であるが、下手すりゃ、学芸会に毛の生えたものになりかねない舞台だったが、それを引き締めていたのが、宝田明と陽子さんである。
 陽子さんの役は昔は大スターだったが、今は落ちぶれて浮浪者になっている役。最後には、再び女優の道を歩き出すというもの。2部のオープニングではスターだった頃を懐古して歌い踊るのだが、本来のステージ姿を披露してくれた気がした。あとはミュージカルナンバーを何曲か歌っていたが、いつも思うのは、本当に歌を大切に歌っているということだ。言葉のひとつひとつを本当に丁寧に大切に扱っている気がする。
 客層は不思議な感じだったな。めちゃ盛り上がっている、おば様連中は一体誰のファンなんだろう。最近、宝塚出身の女優と競演することが多く、宝塚出身者のファンって一種独特ですぐ解るんだけど、今日のファン層はよく解らなかったな。
 終わってから楽屋口へ行ってみたが、誰もいない。誰もいないのも何か孤独。本当にここで良いのかと不安にもなるし。メルパルクって確か楽屋口から外には出て来ず、楽屋口を通って違う出口に向かうんだよね。
 で、楽屋口で待っていたら、陽子さんがやって来たので、パンフレットにサインして頂き、写真も撮って貰った。普通はサインして貰うページを開けて渡すよね。そのまま渡すなんて失礼しました。ページを開いてサインしてくれました。すいません(^_^;)。チャンスがあったらサインして貰おうと思っていたのに、マジックを忘れて来たので、新大阪降りてから、コンビニでマジックを買っておいたのだ。無駄にならなくて良かった。
 「私もインターネット、始めたのよ」と言われたので「じゃあ、今陽子のページ、見て下さい」と言うと「見た、見た。『今陽子』で検索して。この長いのは○○ちゃんだなと思って」と言ってくれた。写真を撮って貰ったら「ブログに載せなきゃ、ブログに」とも言ってくれた。陽子さん自身もブログ開いて欲しいなあ。陽子さん自身も見てくれているHP、頑張って更新するぞ〜。取りあえず、今日はブログのみ更新。写真は私の不細工な顔が写っているので、パスして、サイン入りのパンフレットを。これから打ち上げに行くと言っていたけど、あの子ども達も打ち上げに出るだろうか?
 11月は「ボーイ・フロム・オズ」の大阪公演(厚生年金会館)がある。V6のメンバーが出ているらしく、「良い席、取れないんでしょ?」と言うと、事務所に言えば大丈夫だから、なるべく早く事務所に連絡してと言ってくれた。ちょっと高いけど、良い席取って貰えるなら行こうかなあ。明日にでも連絡してみよ(^_^)。
 帰りの電車の中、いつもはラジオ日経のPod Castingを聴くんだけど、今日はピンキラ時代の歌を聴きながら帰って来た。

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30 marzo 2006

ラテンで大フィーバー

060328pinky 今陽子さんが2ヶ月に1度銀座スイングでやっているライブ。毎回は行けないが前回のバースデーライブ以来5ヶ月ぶりに行こうと思ったのは、共演の国分弘子さん。昨年夏にNHKのBSーhiビジョンの「ふれあいホール」に陽子さんが出演したのだけど、その時の司会が彼女だった。ピアノも凄いなあと思ったけど、司会も出過ぎず、引き過ぎず頭の良さを感じる方で、一度、ナマで拝見したいなあと思っていた。
 感想は行って大正解。今まで3回行ったけど、いちばん良かった。最高だった。国分さんの得意分野はラテンということで、ノリノリのステージで、陽子さんの良さを凄く引き出してくれた気がする。
 歌は、元々のレパートリーが多く、知っている歌も多かった。控えて来なかったので、全部覚えられなかったが、「ベサメムーチョ」「Love for sale」「ウナセラディ東京」「君の友達」「デイトリッパー」「テネシーワルツ」「Wave」「マシュケナダ」など。
 「Love for sale」はこのスイングでも以前歌っていたが、今日の方が良かった。
 このブログにも書いたが、宮川泰さんがなくなったことを偲び、宮川さんの代表曲である「ウナセラディ東京」。宮川さんの思い出話などもしてくれた。
 「君の友達」はあまり歌うことはないけど、1979年のマンスリーコンサートの初回に突端に歌って以来、私は大好きな歌である。今日聴くのはあれ以来27年ぶり。思いも掛けない選曲に感激だった。
 「テネシーワルツ」を歌う前には、綾戸ちえのものまねがあり、大受けだった。綾戸ちえがCMでピアノを弾きながら歌っている「テネシーワルツ」だが、大袈裟なリアクションは、昔、藤圭子や山本リンダで受けた物まねを彷彿とさせるものだった。何だか懐かしい。「アクション&リアクション」なんてステージでのレパートリーがあったな。「何か怒られているみたい(^_^;)」と言う綾戸ちえの「テネシーワルツ」そっくりだった。
 最後は「マシュケナダ」の大合唱で大盛り上がりだった。
 アンコールは国分さんアレンジの「恋の季節」。これは昨年の「ふれあいホール」で3パターンのアレンジがあった続きで、国分さんバージョンのアレンジである。ラテン風でいちばん陽子さんらしくて、一番良かった。さすが、国分さん。陽子さんの良さが解ってるなあ(^_^)。
060328k_p 今日のステージでは国分さんのトリオであるドラムスとベースのお二人もとても楽しい方で、ステージを盛り上げて下さった。
 ステージの合間には店の外で、臨時サイン即売会。陽子さんの歌が2曲入っているCDを販売していた。オウンCDじゃないし、ジャケットが付いているわけでもなく、人から借りればダビング出来るが、やはり、陽子さんのCDはオリジナルを持っていたいので購入した。
 ステージ終了後、いつもの様に少しお話出来たし、写真も撮って貰えた。今日は国分さんも一緒に撮って貰った。国分さんもブログ用に陽子さんとのツーショットを撮っていた。
 国分さんってピアノもパワフルだし、才能があってとても素敵な方でした。これからも陽子さんとのジョイントがあれば良いなあ。本当に楽しい一時、陽子さんと共に国分トリオの皆さんも有り難う御座いました。

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22 marzo 2006

宮川泰さん、逝く

060321miyagawa 宮川泰さんが亡くなった。ついこの間までお元気だったと思うのだが、本当に驚いた。宮川さんと言えば、藤山一郎さん亡き後、紅白歌合戦ラストで歌う「蛍の光」の指揮を担当していた。確か昨年もされていたのではないかな。
 私はアレンジャー、音楽監督としてのイメージが強いが、作曲家としてもたくさんのヒット曲を残されている。
 1972年、ピンキラから独立してソロとなった陽子さんが最初に出したアルバム「ピンキーひとり歩き」は恩師いずみたくさんを離れて、いろんな作曲家に作品を貰ったものだった。その中で、宮川さんは「青空の誘惑」「愛こそすべて」の2曲を提供して下さっている。「青空の誘惑」は陽子さんの歌の中で私が最も好きな歌である。
 その前年に出した「ピンキラのポピュラー音楽史」はアレンジ勝負のアルバムだったが、その中で何曲かアレンジを担当して下さっている。
 写真は1972年12月に開かれた宮川さんのリサイタルに出演した時のもの。ソロに転向してすぐにミュージカルでの地方周り、そして、声帯ポリープによる2ヶ月休養となったソロ1年目。復帰後初の大きなステージだった。
 私の中では服部克久さん、前田憲男さんと共にとアレンジャーの第一人者という印象がある。日本の音楽界にとっては貴重な存在であった。失ったものはあまりにも大きい。宮川さんが残したものを後世へ繋いでいける力のある歌手も少なくなったが、素晴らしい音楽を陽子さん達に残していって貰いたいと思う。
 宮川泰さんのご冥福を心よりお祈り致します。

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